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日常を、いのちを、ていねいに紡いで。

料理家であり作家でもある辰巳芳子さんが、病床にある父のために心を込めて作り続けた「いのちのスープ」。
映画『天のしずく』では、そのスープから生まれた深く豊かなものがたりが、
辰巳さんがつくる料理や言葉を通して私たちの心に穏やかに語りかけ、食を通していのちの鼓動を伝えてくれる。
作品に込めたメッセージとともに、食べること、そして生きることについて、監督の河邑厚徳さんに尋ねた。

ていねいに生きるということ

——病院で開かれた辰巳さんの特別スープ教室が、映画製作のきっかけになったそうですね。

僕は以前、末期ガンの方の最期の日々を追ったドキュメンタリーを手がけたことがあって、人はどうしたら安らかに死を迎えることができるのかということが、自分の中でずっとテーマとしてありました。辰巳さんのスープと出会い、「食べもの」はそのテーマに対する答えのひとつなのではないかと感じたのです。  作家でもある辰巳さんの言葉は表現が独創的で、一見抽象的なんだけど、一つひとつを噛みしめているうちに引き込まれていくような魔力がある。同じように辰巳さんがつくる料理も、食べたことがないような味、あるいは、もしかしたら知っているかもしれないけれど自分の奥に潜んでいたような、そんないわく言い難いミステリアスな魅力がある。そして、そのどちらも辰巳さんの“手”を通して表現されていることにすごく惹かれました。  実は、全編を通して辰巳さんの“手”は映像の1つのキービジュアルになっています。動物である「ヒト」は二本足で立ち上がったときに初めて “手”という働きを手に入れ、料理も含めて芸術や文化など動物とは違う価値や尊厳を生み出し「人」になっていきます。そういうことを辰巳さんの手を通して表現したかった。「ヒト」が「人」になることが一人ひとりのいのちの目指すところである、というのも作品のテーマのひとつですね。

——辰巳さんは「ていねいにものをつくることはていねいに生きること」と表現されています。

その言葉にはとても奥深いものがあります。たとえば、最近は機械的な作業や端末の操作などが多くなって、人が本来持っている手の働きが失われつつあり、手からつながるはずの心の回路も鈍くなっているように思います。だからこそ、自分の手で、いのちある生きたものにさわることが必要なのです。食材はどれをとってもいのちあるもの。そんな食材をきちんと扱い、自分が永らえるために食をいただくのだという謙虚な気持ちを持ってリスペクトすること。そういうことも「ていねい」っていう意味なんじゃないかな。時間をかけたり、荒々しくしないということだけじゃなく、辰巳さんの言葉で言うと、「ていねい」とは「手を胸に当てて良心に問いかけること」なんですね。  ごく当たり前の日常のことをきちんと行うこと。そこには計り知れない満足感と豊かさがあるのではないでしょうか。食べることはごく日常的な行為だけど、人は食べるから生きていられる。そういう当たり前のことを、料理をつくるという行為を通して作品の中で伝えたかったのです。

いのちの源、水をめぐるものがたり

——幼い姉妹が朝露をガラスの器に集め、その水を使って硯で墨をするシーンが印象的でした。

早朝の凍った霜、水滴がきらきら輝く青い水田、流れる雲…。作品の中では意識して水のシーンを織り込みました。テーマである「いのちのスープ」は、その元をたどれば、いのちの根源である「水」だからです。水はいのちそのもの。いのちの始まりには母乳があり、最後に唇をしめらす末期の水があります。水は、人の一生の中で最も大事なファクターなのです。水を生かし、水から生まれる料理、そのシンボルがスープです。私たちは水によって生かされているということを、理屈ではなく作品を観ている人にわかってほしかった。当たり前に身近にあるけれど、美しくて不思議な水。『天のしずく』は、水からいのちを考えた“水ものがたり”でもあるのです。

——映像美とともに「音」のディテールにもこだわっているそうですね。玄米を炊く音、稲穂に風が渡る音、朝露を集める音、そのどれもが心に深く響いて安らかな気持ちになりました。

僕たちの暮らしの中には、本当はそんな日常の豊かな音で溢れているんです。だけど電子音をはじめ文明社会の余計なノイズによってかき消されてしまっている。もっと耳を澄ませて自然の音を感じないと。その音の中には豊かで深い世界が広がっていて、人の気持ちを穏やかに懐かしくさせる力があるのだから。  大根を土の中から引き抜くときのボコッという音、玄米を炒ったときキツネ色になってはぜる音、そんな音に僕は今回出合って、すごく驚いた。そういうささやかな日常の音に耳を澄ますことができるような暮らしが、平和や心の豊かさにつながっていくんじゃないかな。辰巳さんも料理をしながら言ってましたよ。「こういうことができるのは無事な証拠よね」と。

河邑 厚徳さん

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1948年生まれ。映画監督。女子美術大学教授。元NHKドキュメンタリー・ディレクター。「がん宣告」「シルクロード」「チベット死者の書」「エンデの遺言」「アインシュタインロマン」「世界遺産プロジェクト」など特集ドキュメンタリーを企画、制作。精神世界、アート、理論物理学、現代史などをテーマに最新の映像技術を使った斬新な表現方法は国内外から高い評価を得ている。著書に「チベット死者の書」「藝大生の自画像」「一粒の種〜生活クラブ生協レッスンone」等。

g13_gi_sizuku_img『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』

脳梗塞で倒れ、嚥下障害で食べる楽しみを奪われた父の最後の日々のために、母と一緒に工夫を凝らして辰巳芳子さんがつくり続けたスープ。それはやがて家庭や病院などで人々を癒す「いのちのスープ」と呼ばれるように。そんなスープがつなぐ物語を、全国の生産者の姿や美しい自然とともにていねいに描いた作品。

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上映スケジュール

ヒューマントラストシネマ有楽町上映中、1月12日(土)から東北、2月(北海道)、3月(関東)、 4月(北陸・信越)、5月(関西)、6月(中国・四国)、7〜8月(九州)と順次上映予定。

自主上映の問い合わせ:天のしずく製作委員会   http://tennoshizuku.com

(グラスルーツ 編集部)

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