悪いという現状が、

明るい未来を導き出す可能性
数々の俳優、アーティストのヘアメイクを手がけ、映画界においてはビューティー・ディレクションという新しい分野を確立した柘植伊佐夫さん。
「職人に憧れる」と言うが、サロンワークやヘアメイクなどを経て人物造形まで務める彼のキャリアは、「人を引き出す」職人の進化そのもの。そんな柘植さんがとらえる「今」を聞いた。
取材・編集:今村亮(ASOBOT)
写真:池田徹

−−柘植さんは、「エコ」という言葉が浸透する前の01年から、雑誌で俳優やアーティストと一緒に『植林対談』という企画をやっていました。当時と比べると「エコ」への視点が変化してきたのではないでしょうか。
柘植氏(以下T) 当時も「コンクリートよりは緑の方が気持ちいいんじゃないの?」というくらいの感覚だったんです。「エコ」という言葉が前面に出てくるようになってからは、その裏側に隠された利害構造を強く感じてしまうこともありますよね。ただ、自然はないよりもあった方がいいわけで、そういう純度のある考え方がベースになった世界は歓迎すべきだと思っています。

−−ブームになることによって解釈が広がったり、雑味が加わったりします。それでわからなくなっている人もいますね。
T 初期動機がどこにあるのかというのが大切ですよね。「エコ」がスタンダード化した世界では、「同じ器のように言っているかもしれないけど、中に入っているものはずいぶん違うんじゃないかな?」というものも出てくる。それは必ず起こりうることで、自分もそういうところに少し足をつっこんでしまっているのが、あまり気分よくないですよね。それに気がついてしまうと、僕としては別の場所へ行きたくなる(笑)。

−−みんなしっくりきていた「エコ」が、つかみどころのないものになっている?
T 「エコ」と言いながらまったく別の中身になってしまうくらいなら、清い心でコンクリートの建物をつくっている人の方が好きです。これは心の問題だと思います。生きることは害を出すことでもあるから、そこを賢く見極めたうえで純粋な気持ちでいるなら、本来どちらに向かっても「エコ」を実現すると思います。だけど、原理主義的にどちらかに偏ってしまうと、ちょっと気持ち悪い。相対的にとらえて考えたら、ということですが。

−−柘植さんは現在をどんな状態だととらえていますか?
T チェスに「サクリファイス」という戦術があります。例えば、ポーンにビショップを取られるとその損失は大きいですが、ビショップを犠牲にしてできたスペースによって逆に展開をよくしようというものです。現在も似たようなことが言えるかもしれなくて、今は悪いと思われる状況であっても、それをきっかけにして結果的によい将来を導き出す可能性もある。これは損得勘定とはちょっと違って、直感的な選択に近いです。

−−柘植さんは常に変化を続けてきました。ヘアメイクからビューティー・ディレクターになり、現在は人物造形まで手がけています。
T 変化することによって自分が認識できるギリギリのところまで自己崩壊をしています(笑)。ポジティブな意味ですよ。やっぱり社会があって自分があるから、その接点が乖離したところで仕事は成立しない。新しいジャンルをつくれば、それを啓蒙する時間が必要ですし。
−−「人物造形」とは具体的に何をするんですか?
T NHK大河ドラマ『龍馬伝』では「人物デザイン監修」と言いますが、これはキャラクターのデザイン、扮装に関するプロダクションの監修です。「人物造形」は2次元的な表面のデザインと、人間の内面・雰囲気という2次元では表せない部分をジョイントさせて初めて完成します。デザインとプロダクションが一体化しなければならないんですね。だから、衣装やメイク担当が誰でどんな個性なのかを把握していることが非常に重要です。人がつくりだすニュアンスは、言葉には置き換えられません。それは俳優が衣装を着る時に初めて感じるものだからです。言葉で伝えられない部分をないがしろにしたまま表面的なデザインだけをキャラクターに合わせようとすると、だいたいは失敗します。そうならないようにキャラクターに一貫性とリアリティーを持たせるのが僕の行っている「人物造形」です。

柘植氏が今はまっているというチェス。手のさし方に性格が出るという。写真はケニアで購入した石のチェス。

描写力の確実さと個性が際立つ柘植氏のペインティング。写真はブルーの多様な色味を1枚の中で表現した作品。

柘植伊佐夫
ISAO TSUGE


ISAO TSUGE柘植伊佐夫

サロンワークを経てヘアメイクアーティストとして国内外で活躍。革新的な表現はモード、広告、舞台、映画の領域を超えて高い評価を受ける。細分化するヘアメイク業務を作品の中でスムーズに統括する役割として「ビューティー・ディレクター」というコンセプトを生み出す。後進の育成のためのワークショップ主宰、またビューティーに関連する個人向けアドバイザリーや企業コンサルティングなど活動も多岐に及ぶ。近年ではビューティー分野にとどまらず、キャラクターを総合的に監修する表現を行っている。
(グラスルーツ 編集部)

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